2010/11/29 月曜日

★クメールの地に住むチャンパ人とベトナム人★

Filed under: Vietnam,日記 — Asukal @ 21:25:42

アンコールワットは感動した。

しかしアンコールワット以上に感動し、

歴史を感じさせるものがあったのであった。

メコン川の自然のポンプと呼ばれ、この巨大な湖の満ち引きのおかげで

あのメコンデルタを洪水から守っているというドレンサップ湖であった!

LakesChanpa (4).JPG

↑まるで海!インドシナ半島の中心にある

もちろんその巨大な海のような湖も興味あるが、それよりも

その湖に住むチャンパの人々に感動するのであった!

Asuaklの知る限り、或いは思い込みかもしれないが、

ベトナムではすでにチャンパ人はチャム族と言う少数民族であり、

しかもほとんどベトナム文化への同化の一途をたどる民族である

という認識であった。

チャンパ王国を築いた生粋なチャンパ人等もういない位に思っていたのである!

ベトナムではチャム族かな?Cham PaのCham?

ChampaMap.png

↑wikiから拝借、チャンパ王国の位置

現在のフエ等を中心に栄えたチャンパ王国である!

かつてベトナムの南下できなかった理由もこのチャンパ王国

が君臨していたからと聞く。

その直系のチャンパ王国の末裔達がここにいるのである。

実はフエやホイアン当たり出身のベトナム人が話すベトナム語は

サイゴンの人たちににはどうも聞き取りにくいようで、同時に面白いようで

本人達の前では遠慮するが、影ではクスクスと笑っている姿をよく見かける。

うちの事務所にも数人そのあたりの出身者がいるが、体格も骨格も通常キン族

と呼ばれる彼らと血筋が違うと一目で相違を感じるほどである。

そして同じ場所にベトナムから流れてきたベトナム人達がが船の生活を

しているという。

(キン族であるか他の民族のベトナム人かは知る由もない)

青い船はベトナム人の船

緑の船はチャンパ人の船。

カンボジア人の船は・・・忘れた(笑

現地のガイドの話ではベトナム人はほとんどがポル・ポト時代に

移住してきた、

しかしチャンパ人の殆どはクメール王国の時代に

移り住んだ人々の末裔であるという。

チャンパ王国と言えばクメール王国を西から攻めたアユタヤと並び

東からクメール王国を苦しめた大きな王国であったと聞く。

そう言えばポル・ポト派の大虐殺の対象になった人々の中には

イスラム教徒も含まれていたそうなので、きっとチャンパ人も

その矛先が向けられた違いない。

ChanPaAtack (2)_R.jpg

↑アンコールワットの遺跡群の壁画に描かれたチャンパ人の水軍

ChanPaAtack (1)_R.jpg

↑これも同じくチャンパ人の来襲の図

現在はほとんどここではチャンパ人=モスリムと言う概念であるそうだ。

LakesChanpa (3).JPG

↑湖へ繋がる水路には多くの人が船上生活をしている

LakesChanpa (2).JPG

↑青い家はベトナム人の家、緑の船はチャンパ人の船

LakesChanpa (5).JPG

↑最初は蛇を見せびらかす、興味を示さないとひよこに替える。

ベトナム人の船である。

LakesChanpa (6).JPG

↑蛇を見せびらかす少年。船の色からカンボジア人?

LakesChanpa (8).JPG

↑右に見える大きな青い建物はベトナム人の為の学校らしい。

多くのベトナムからの観光客が文具を寄付に訪問していた模様。

LakesChanpa (9).JPG

↑地平線(でもジャングルの向こうは水平線?)に沈む太陽

インドシナ半島ではいろんな民族が、いろんな事情で

いろんなところに住んでいる。或いは移り住んでいる。

中国南方にすんでいたがアユタヤ、タイ民族の先祖もジンギスカンの南下や

その他の色々な理由でモン族やクメール族を駆逐しながら

現在インドシナ半島のに移ってきたとか。

その一環としてクメール王国も駆逐しながらと。

WattNoChikaku.jpg

↑Angkorの遺跡

すべての民族や人がそこに住んでいるのには理由がある。

Asukalが中国に住んでいるのにも理由がある!

Asukalがベトナムに住んでいるのにも同じように理由がある。

中国人はなぜ東南アジアに散らばっているのか?

同じ中国国内でも客家人はどこから来たのか?等々・・

そんな様子と彼らがここに住んでいるワケを知らされるたびに

頭の中でインドシナ半島、いやアジア全土の歴史の大ドラマが駆け巡る。

陸の国境をほとんど持たず、海に囲まれほとんど他の民族の

襲撃を恐れること無く過ぎた古代の日本とその末裔の我々では

計り知れない壮大なスケールのドラマが有ったに違いない。

それと同時に日本はアジアの歴史の蚊帳の外だったのだと思い知らされる。

日本にいた頃は考えさせられない事でもあった。

ひとつの国だけでは無く、いろんな国を見ることによって

その相互の立場と歴史から見ると、本当の歴史がみえてくる様な

錯覚に陥る。見えて来るだけではなく歴史を体験したような錯覚までも。

その錯覚はとても気持ちいい錯覚なのだ。

Asukaly yours!

注;

Asukalの聞きかじり(と思い込み?)な、素人の話なので実際の歴史の事実

とは違うかもしれない、そのあたり、了承願いたし。

2 Comments »

  1. 共感至極!

    Comment by 西貢太郎 — 2010/11/30 火曜日 @ 8:16:45

  2. ありがとうございます。
    本当に歴史とその中で生きた人達、その人達がここにいるというのは
    遺跡よりも感動を覚えますね。

    Comment by Asukal — 2010/11/30 火曜日 @ 9:47:09

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